日本の歴史に猫の陰あり

昔から人と猫の繋がりは深いもので、米作りが盛んになった時代から猫はネズミを退治する為の重要なパートナーとして役割を担ってきました。現代は役目というより可愛いペットとして人を癒す存在になっており、猫ブーム真っ最中ですね♪それだけ日本人は昔から猫を受け入れる傾向があり、過去を振り返るとあの歴史上の人物も猫にメロメロだった・・・そんな歴史もあるのです。そこで今回は猫にぞっこんだった歴史上の人物を3名ご紹介しましょう♪

【 偉人の猫:一条天皇】

■どんな人物?

藤原兼家の策略よって986年の7歳の時に天皇に即位。やがてイケメンのうえ性格良し、勉強良し、才能良し、のパーフェクトな男性へと成長しました。しかし猫の前だとコロッと性格が変わるようで、またそれが女性たちの心をキュンキュン動かしたそうです。

■猫好きエピソード

<猫を愛し、人間につける位を与えた>

 一条天皇は「おとど」と名前を付けた猫を大変可愛がっていました。専属の乳母を付けて世話をし、“おとど”に「命婦」という五位の位を与え自分の側におくほど溺愛な様子でした。この五位とは結構上の位で、天皇が過ごす場所(殿上)に入る事を許された貴族の位にあたります!人間の女性官僚たちは必死で貴族の位を目指す中、“おとど”は猫であり普通に生活するだけで簡単に貴族の称号を与えられた訳です。
さらに“おとど”が出産をすれば、生まれた子猫たちの幸せを願う『産養い』という儀式も執り行われるほどで、天皇に幸せを願って貰えるなんて本当に贅沢な猫様ですよね。

<猫を脅かすものは許さない>

 一条天皇は「翁まろ」という犬も飼っていました。ある日、猫の乳母が縁先で寝ている“おとど”を脅かそうと“翁まろ”をけしかけて脅かそうとしました。驚いて逃げる猫と追いかける犬の姿をたまたま見た一条天皇は激怒し、役職男性2名を呼び出して“翁まろ”をボコボコにさせたあげく島流しをしてしまいます。愛犬よりも愛猫の方が大切だという事が良く分かりますね。
 この“翁まろ”は島流しにあっても懸命に屋敷に戻ってきたのですが、再びボコボコにされ追い出されてしまいます。そこを清少納言が傷の手当をして引き取ったという噂ですが・・・どうかこの後は幸せな人生を送っていて欲しい。
うかつに猫に手を出すと怖い目に合うなんて、例えイケメンでも異常な猫愛にはドン引きです。

【 偉人の猫:篤姫】

■どんな人物?

NHKの大河ドラマでも取り上げられた「篤姫」の名は耳にした事がありますよね。島津忠剛の家に産まれ、その後20歳で徳川家の13代将軍・家定に輿入れしました。性格は人と接するのがとても上手な人で、怒った姿を見た事がない程の広い心の持ち主。忍耐力がある女性だったそうです。
結婚して僅か2年で家定が病死となり、その後は名前を「天璋院(てんしょういん)」に変えて大奥に残り、徳川家の存続に力を注いだ人生を送りました。

■猫好きエピソード

<犬派が猫派に>

薩摩で暮らしていた頃は犬が好きで、狆(ちん)という犬を数匹飼っていました。しかし輿入れ先の家定は大の犬嫌い!最初は江戸城でも狆の「サクラ姫」を飼っていましたが、家定が嫌々言うので泣く泣く手放したそうです。家定が病死した後に三毛猫の子猫と出会い「さと姫」と名付けて可愛がるようになりましたが、その可愛がり方が凄い。
“さと姫”のお世話係は常に3人、精神料理ではうなぎや鰹節など良い物を食べさせ、寝る時は猫用の布団や篤姫の服の上、贅沢な生活をさせるお蔭で1年間にかかる世話代は25両になるんだとか!これは現代だと約300万くらいを掛けている計算になります。とんだ過保護のお猫様ですね・・・。お蔭でとても長生きした猫だったそうですよ。

<首輪>

 首輪にあたる紅絹の平紐を1ヵ月で交換し、紐には銀の鈴をつけて可愛がっていました。

<猫の祝い事>

篤姫の影響か、大奥では猫ブームが起きておりどんどん猫を飼う女性たちが増えていったそうです。大人の猫が子を産めば皆で取り合い、中には予約してまで猫を飼う女性もいたんだとか。そこでは猫の誕生日はお赤飯でお祝いし、メス猫のひな祭り、オス猫の節句祝いなど人間が対象の祝い事を猫で行い楽しんでいたそうです。この時代は子供が持てない女性官僚が多かった為、猫で代理を立てていたのかも知れませんね。

<おそで>

篤姫はさと姫の他に、大地震で親を失った子猫「おそで」も手元で育て可愛がっていました。

【 偉人の猫:三島由紀夫】


https://twitter.com/bokutoukinema/status/577901572413227010/photo/1

■どんな人物?

日本の文学を代表する人物であり、誰も予想だにしなかった終わり方で自らの命を絶った有名な人です。
祖父は内務官僚、父は農商務省、母は名家の令嬢というエリート一家の長男坊として産まれ、祖母の影響で社会マナーや教育を叩きこまれました。その頃から読書の習慣があり、学校に入学すれば卓越した日本語力を発揮するようになります。
戦争を経験したのち、やがて作家として活躍するようになった三島由紀夫の作品は海外でも絶賛され認められるようになりますが、本人の意識は世界で活躍ではなく日本への不満に向けていきます。
日本を心から愛している三島由紀夫は、当時の日本人が母国日本への関心が薄れているように見えたのでしょう。自衛隊へ体験入隊したのち「楯の会」を独自で結成。自衛隊市ヶ谷駐屯地でクーデター演説を行った後に、自衛隊員の前で割腹自殺を計り死亡します。
人気の作家が起こした事件は、当時の日本人に大きな衝撃となった事は言うまでもありません。
結局、三島由紀夫が一体何を訴えたかったのか?これに疑問視する人も多く、現在でもその正解は分かりません。ただ自分を正当化したかった、訴えなんてなかった、死にたかった、など色々と憶測が飛び交っていますが本人がいない以上は答えは出てきません。

■猫好きエピソード

<引き出しの中に>

 三島由紀夫の人物像を見るだけで豪快な性格のイメージですが、実はとても猫好きだったと言われています。書斎の引き出しにいつも猫にあげる為の煮干しを入れておき、襖には猫専用の出入口を作るなど、作家の側には猫がいる環境だったようです。残念ながら猫の名前は分かりませんが、写真はいくつか残っており、デレデレの顔で猫を抱く三島由紀夫を見る事が出来ます。
 しかし結婚した夫人が猫嫌いだったため、やむなく猫を飼う事を諦めたそうです。

<猫へのラブレター>

 三島由紀夫が猫へのメッセージを残しています。その一部が、
“あのこざかしい、すねた顔つき、綺麗な歯並び、冷たい媚、なんとも言えず私は好きです”
と、この文章を読むだけでも猫への深い愛が伝わって来ますよね!『こざかしい』という表現も猫を上手く表現していて、オシャレでカッコいいラブレターのように感じる。

【日本の歴史に猫の陰あり 偉人の猫まとめ】

調べると猫好きの有名人ってもっとたくさんいらっしゃるようです。『あ、この人も猫好きなんだ!』って所からその人物の歴史を辿るキッカケになれるので、知らない一面に巡り会えるかも。
時代が動く陰には猫の存在がある。これは日本だけでなく海外の歴史上の人物にも言える事なので、機会があれば海外バージョンも記事にしてみたいと思います♪